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仙台地方裁判所 昭和58年(ワ)17号 判決 1984年8月24日

原告

甲野花子

右訴訟代理人

佐藤唯人

松島妙子

被告

乙野昭子

被告

丙野和子

被告

丁野正子

右三名訴訟代理人

長谷川英雄

岡崎貞悦

主文

1  被告らは原告に対し、それぞれ金二〇万円宛、合計金六〇万円を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告らの各負担とする。

4  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  申立

請求の趣旨

被告らは原告に対しそれぞれ金一〇〇万円(合計金三〇〇万円)を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

仮執行宣言

請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二  主張

一請求原因

1  原告と被告らは互に近隣に住む家庭の主婦であり、原告は昭和五七年五月一〇日以来、株式会社○○化粧品本舗○○町営業所に訪問販売員として勤務し、同じく原告の近隣に住み、原告を右会社に勧誘した訴外山本明子(以下山本という)と組んで右会社の化粧品の訪問販売に従事していた。

2  被告乙野昭子は昭和五七年五月中旬頃、同被告宅において山本に対し、原告を中傷する目的で、「原告が被告丙野和子方を訪ねたあと、同被告方で毛糸の衣類がなくなつたから注意したほうがよい」旨述べ、もつて原告を盗人扱いした。

3  被告丙野和子と同丁野正子は、昭和五七年九月一二日○○町の中華料理店「○○」において、山本に対し、原告を中傷する目的で、「被告丙野和子が原告と二人で買物に行つた際、○○警察署の警察官が二人一緒のところを写真に撮り、その写真を同被告のところへ持参して見せ、盗みの仲間と疑われ非常に迷惑している」旨、および「○○で○○町をセールスして歩いているそうだが、被告和子、同正子の両名が同町の友人宅に遊びに行くと、原告の盗癖の噂をきいてくるから、一緒にセールスしていると、山本も迷惑する」旨述べ、もつて原告を盗人扱いした。

4  被告丁野正子は昭和五七年七月一八日原告の近隣の家庭消毒作業が行なわれた際、原告方の附近路上において、山本に対し、原告を中傷する目的で、「被告丙野和子のように原告と一緒に写真を撮られ、盗みの仲間に思われたら大変だから注意した方がよい」旨述べ、もつて原告を盗人扱いした。

5  昭和五七年一二月一一日原告方に、原告を泥棒だと指摘する内容の匿名の手紙が来たため、原告が山本に相談したところ、前記の各事実が判明するに至つた。

6  被告らの右行為は原告の名誉を著しく毀損するものであつて不法行為に該当するものである。

7  原告は右事実を知つて以後、数日間は食事も喉を通らず、不眠の日が続き、さらに原告の勤務先に対しても「原告は○○警察署から目をつけられている人だから注意した方がよい」とか「原告が○○で訪問販売した家で財布がなくなつた」等の電話があつた事実も判明したため、いたたまれなくなり、昭和五七年一二月三〇日に○○化粧品を退職し、原告の夫に対するいやがらせも続いたため、すつかり嫌気がさし、遂には自宅の土地建物を売却して仙台を去る決意を固めるに至つた。

8  被告らの前記各行為によつて原告は多大の精神的苦痛を味つたのであるから、これに対する慰籍料としては被告ら各自が金一〇〇万円宛、合計三〇〇万円が相当である。

よつて原告は被告らに対し、不法行為に基づく損害賠償としてそれぞれ金一〇〇万円宛、合計金三〇〇万円の支払を求める。

二請求原因に対する認否

第1項中、原告の勤務開始の時期は不知、その主の事実は認める。

第2項中、被告乙野昭子が山本に対し「原告が被告和子方を訪問した後に、被告和子方から毛糸の衣類が紛失した」旨述べたことは認めるが、その余は否認する。

第3項中、原告主張の場所で被告和子、同正子が山本に対し「自分らが友人宅に遊びに行くと、原告の盗癖の噂をきいた」旨述べたことは認めるが、その余の事実は否認する。

第4項の事実は否認する。

第5項は不知。

第6項の主張は争う。

第7項は不知。

第8項は否認する。

第三  証拠《省略》

理由

一請求原因第1項の事実は、原告が勤務を始めた時期を除いて当事者間に争いがなく、同第2項のうち、被告乙野昭子が山本に対して「原告が被告和子方を訪ねたあと、同被告方で毛糸の衣類がなくなつた」旨告げたこと、および同第3項のうち、中華料理店「○○」において、被告和子と被告正子が山本に対して原告の盗癖の噂をきいた旨述べたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二<証拠>によると次の事実を認めることができる。

1原告と被告らは近所に住む家庭の主婦として従来から多少の交際があつたが、昭和五七年五月一〇日から原告が山本の勧めで○○化粧品のセールスを始めた頃から原告と被告らは次第に疎遠になつた。

2山本明子は同年四月から町内会の班長をしており、同年五月中旬被告昭子方を訪れた際、同被告は山本に対し、原告を○○化粧品に誘つた理由や原告の仕事の内容を尋ね、同時に請求原因第2項の事実のほか、原告のように浅黒い人を化粧品のセールスに誘つても駄目でしようとか、原告は手癖が悪いとか告げた。山本はこれを聞き流したが、原告と一緒に○○○方面を訪問販売したことを被告昭子に話した。

3同年九月、町内会の運動会の当日、山本は被告和子、被告正子と一緒に中華料理店「○○」で昼食をとつたが、その際、右被告らは山本に対して、原告の化粧品セールスの件を話題にし、同時に、被告和子の友人が○○町におり、それからきいた話では原告がセールスをしていて手癖が悪いとか、被告和子が原告と一緒に青空市場に行つたとき○○署の警官から写真をとられ、その写真には原告が手を伸ばして何かを盗みとる瞬間が写つており、原告は○○署から盗みの疑いをかけられているとか、被告和子はそれで迷惑しており、山本も同様の迷惑をうけないように注意した方がよい、等と述べた。

4同年九月頃、山本は町内会の消毒作業をして帰宅途中、被告正子から、前記青空市場における被告和子の話(警官から写真をとられた件)を告げられた。

5原告がセールスを始めてから後、○○化粧品○○町営業所に女性の声で「原告は○○署から目をつけられているから注意しろ」とか「○○○の人から頼まれて電話しているが、原告が訪問販売したとき物がなくなつた」とかの電話があり、さらに山本の自宅にも女性の声で「原告は盗癖のある人なので注意した方がよい」とか「何故原告を○○に誘つたのか」等の電話があつたが、山本は右の電話の件は原告に告げなかつた。

6昭和五七年一二月一一日原告宅に匿名の手紙(甲第二号証の一ないし三)が届いた。

その手紙には、原告が泥棒であることを指摘して非難し、原告が○○○をセールスしていて財布を盗んだこと等が記載されていた。

原告は右の手紙をみて、原告が○○○方面をセールスに歩いたことを知る者は限られていることから、山本に電話して心当りの者はいないかと尋ねたところ、山本は被告らから前記のような話をきかされている旨を告げた。

7翌日原告と山本は被告和子方を訪れ、警官の写した写真について問い質したところ、和子は写真には原告は写つていないとか答えていた。

8昭和五七年一一月山本は株式会社○○自動車修理工場に勤務するため○○化粧品を退職し、山本とコンビを組んでセールスをしていた原告も同年一二月三〇日○○化粧品を退職した。

以上のとおり認められ、被告ら三名の各供述中認定に反する部分は<証拠>に照らして措信することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

三右の認定事実および前記当事者間に争いのない事実によると、被告らの行為は、公益目的をもつた犯罪行為の糾弾というべきものでないのはもとより、町内の単なるお茶飲み話の域を超え、原告に対する悪意をもつた誹謗中傷というべきものであつて、これが不法行為を構成するものであることは多言を要しないところである。

従つて被告らは、その不法行為によつて原告の蒙つた精神的苦痛に対して慰籍料を支払うべき義務がある。

四慰籍料の金額については、<証拠>によると、原告一家は本件発生以後、○○地区に居住する意欲を失い、その所有する土地建物を処分して他に転居することも考えているとの事実を窺うことができ、原告がうけた精神的苦痛が決して小さなものではないことを推認しうるけれども、本件行為の伝播性、動機、その他諸般の事情を綜合して考えるとき、原告の受くべき慰籍料としては、被告ら各自につきそれぞれ金二〇万円宛、合計金六〇万円をもつて相当とする。

五よつて原告の本訴請求を右の限度で認容し、その余を失当として棄却することとし、民訴法九三条、九二条、一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(井上芳郎)

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